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プロボクシングのリングサイドドクターとしてひとこと

 私は1993年より日本ボクシングコミッション(JBC)のリングドクターをしています。30年近くリングサイドで選手の健康管理を続けてきました。いまでも月に1~2回は後楽園ホールのリングサイドに座っています。よく飽きずに続けてきたものだと思います。ボクシング競技自体が好きなこともありますが、プロボクシングにかかわる人々が好きなのかもしれません。

 まだ若かったころは、慈恵医大の医局から派遣という形で参加していましたが、そのころは月に10試合以上担当していたこともあります。コミッションの事務局に居座り、過去の試合のデータなどを整理していた時期もあります(大抵は同じビルにあった後楽園サウナで昼からビールを飲んでいましたが)。いまではかなり減りましたが、以前はリング事故、いわゆるリング禍もたくさんありました。試合後、突然意識障害に陥った選手に付き添ってそのまま救急車に同乗し、病院に到着するなり緊急開頭術を行って、三日間集中治療室に泊まりこんで治療をしたこともあります。記憶に残っているだけでも4名の選手の緊急手術を行い、3名は今も元気にしていると思います。

 こうしたこともあり、頭部外傷後の変化や日ごろの選手の生活について調べようと考えました。全国のボクシングジムでアンケート調査を行い、結果をまとめたものを英国の医学雑誌に投稿して掲載されました。いまでも時々頭部外傷の論文に引用されています。当時は選手と同じような方法で減量に取り組み、1か月で6キロ体重を減らしたり、仲の良い選手からヘッドギアをつけた状態で強めにフックをもらって、軽い脳震盪を経験したりもしました。今思えば恐ろしいことです。

 最近は全世界的に健康管理が行き届き、リング禍はすごく減りました。日ごろの健康管理も重要ですが、ラウンド数の軽減、早めのストップ、試合数自体の減少、減量方法の改善など、いろいろな要素が重なり合って事故が減っていると思います。ボクシングのだいご味である一発逆転KOパンチは珍しいものになり、昔に比べてつまらない試合が多くなったというファンもいますが、試合自体の戦略も変化しています。以前よりも考えて勝つボクシングになったと思います。

 早めのストップをコミッションや協会が強調し始めた当初は、結構大変でした。せっかく試合が盛り上がったときに、選手のダメージを考量して試合を止めることは、現場のレフリーやドクターにとってもつらいものです。もう少し見ていたら、逆転したのでは?でも、このまま続けていたらこの選手は命に係わる状態になるのでは?という二つの思いが頭のなかをかけめぐります。しかし、ストップをかけると、心配していた選手やセコンドから手ひどくののしられます。観客からもはげしいブーイングが来ます。ひどい場合だと、医務室まで文句を言いに来る関係者もいました。現場の人間が一番大変だったのです。

 しかし、こうした努力は継続することで報われます。最近は、早めのストップに対する理解が浸透し、観客もおとなしくなりました。試合運び自体も変わってきて、有効打をうまくだせて、ダメージを追うようなパンチを防御し、よりクレバーな試合運びをした選手が勝利する。いわゆるパンチが剣道の竹刀、あるいはフェンシングの剣のようなスポーツへと変化しています。いわゆるボクシング顔の選手が減り、みなきれいな顔になりました。その分、むかしの怖さもなくなり、一抹の寂しさも感じます。

 こんなことを続けていたおかげで、一昨年、年間表彰式のおまけで、『永年功労賞』を頂くことができました。永年功労賞というと、なにか自分が非常に年取った感じもしますが、これからもボクシング界にすこしでも関わっていくつもりです。

過去に論文となった報告です。意外とたくさんありました。
 
頭部外傷のキーワード:(社会医学的側面から)ボクシング脳症
Clinical Neuroscience 22(5): 530-531. 2004,
大橋元一郎 谷諭 大槻譲治
 
プロボクシング競技における事故予防のためのルール改正の効果について
大橋元一郎, 谷諭,  大槻譲治, 奥野憲司, 阿部俊昭
神経外傷27巻1号、120-123、2004
 
Problems in health management of professional boxers in Japan
British Journal of Sports Medicine 36(5):346-52; discussion 353, 2002
Genichiro Ohhashi, S Tani, J Ohtuki et.al
 
現場での対処法-プロボクシング
谷諭*1, 大橋元一郎*1, 大槻譲治*2, 奥野憲司*1, 阿部俊昭*1
*1東京慈恵会医科大学脳神経外科, *2日本大学駿河台病院救命救急センター
臨床スポーツ医学 19(6): 615-618, 2002.
 
プロボクシングにおける試合後鼓膜温測定の意義
高尾洋之1, 奥野賢司1, 大橋元一郎1, 大槻穣治3, 谷諭1, 小川武希2, 阿部俊昭1
東京慈恵会医科大学脳神経外科1, 東京慈恵会医科大学救急部2, 日本大学駿河台病院救命救急センター3
日本臨床スポーツ医学会誌 10(4): 86-86, 2002.
 
プロボクシングにおける急性硬膜下血腫の発生に関する検討-過去23年間の統計より-
谷諭*1, 大橋元一郎*1, 大槻譲治*2, 奥野憲司*1, 阿部俊昭*1
*1 東京慈恵会医科大学脳神経外科, *2 日本大学駿河台病院救命救急センター
日本臨床スポーツ医学会誌 10(2): 310-314, 2002.
 
プロボクシングにおける急性硬膜下血腫の発生に関する検討 -過去22年間の統計より-
谷諭1, 大橋元一郎1, 大槻譲治2, 村上成之1, 阿部俊昭1
1東京慈恵会医科大学脳神経外科, 2日本大学駿河台病院救命救急センター
日本臨床スポーツ医学会誌 9(4): 106-106, 2001.
 
プロボクシング選手の健康管理について 全国規模のアンケート調査より その1
大橋元一郎1, 谷諭1, 大槻穣治2, 村上成之1, 神尾正巳1, 阿部俊昭1
東京慈恵会医科大学医学部脳神経外科1, 日本大学駿河台病院救命救急センター2
日本臨床スポーツ医学会誌 8(4): S84-S84, 2000.
 
プロボクシングにおけるパンチの影響 全国規模のアンケート調査より その2
谷諭1, 大橋元一郎1, 大槻穣治2, 村上成之1, 神尾正巳1, 阿部俊昭1
東京慈恵会医科大学医学部脳神経外科1, 日本大学駿河台病院救命救急センター2
日本臨床スポーツ医学会誌 8(4): S93-S93, 2000.

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