間脳下垂体腫瘍の診断について
これは、一般臨床家向けに書いた教科書の下書きです。脳神経外科などで下垂体に腫瘍がありますね、といわれた患者さんも一読して頂くと参考になると思います。お読みになって、疑問に思われたことがありましたら、お問合せよりご相談ください。
1. 診断
- まずはじめに
われわれが多くの間脳下垂体腫瘍の患者さんとはじめてお会いするのは、たいてい他院他科からの紹介か、一度治療を施され、それでも症状が改善していない患者さんが8割程度であろう。その多くは、多い順番で、産婦人科、眼科、小児科、一般内科、脳神経外科である。そこで驚かされるのが、皆さんそこそこのお金がかかる診断、検査、治療を始められているにも拘わらず、指定難病制度に関して患者さんにお知らせしていないことである。
現在(令和3年1月)、厚生労働省の指定している難病は331あるが、だいたい以下の疾患は間脳下垂体腫瘍の患者さんの多くが該当するはずである。
10 下垂体性ADH分泌異常症
11 下垂体性ゴナドトロピン分泌亢進症
12 下垂体性成長ホルモン分泌亢進症
13 下垂体性TSH分泌亢進症
14 下垂体性PRL分泌亢進症
15 下垂体前葉機能低下症
21 クッシング病
上記に該当すると思われる患者さんには、まずこの制度の説明を医師か、医療相談員が行い、内分泌基礎値を測定、結果によって各負荷試験、刺激試験を行った上で、各市町村に申請をしてあげることが先決である。詳しくは下記の厚労省ホームページで確認してほしい。
- 問診
問診では、通常の神経所見以外に、間脳下垂体腫瘍の患者さんに独特の症状の聴取が必要である。特に頭痛の性状や、日常生活を送るうえでの少し踏み込んだ質問も重要な診察項目である。
- 非機能性腺腫(ホルモン異常を起こさない腫瘍)
大部分が両耳側半盲などの視野障害で発症し、眼科を経て脳外科に紹介される。視野欠損は多くは上方から始まることが多く、しかも緩徐に進行するため、自覚症状に乏しい。完全な両耳側半盲になってから、よく人とぶつかるようになった、車に引かれそうになった、車庫入れの際に車の脇をこすってしまったなどの事柄で気づかれることも多い。術後の視野の改善度を評価するために、術前必ずゴールドマン視野検査を済ませておくことが肝要である。忙しい眼科の先生は2か月、3か月先に検査をしましょうなどと言われることも多いので、日頃から理解のある眼科医との関係を作っておくのがよい。
また、大型の腺腫では、下垂体機能低下を生じている場合も多く、各種刺激試験は必須である。とくにIGF-1の男女別年齢別基準値から著しく低下している患者さんにはGHRP-2負荷試験を行い、前述した難病申請をしてから治療を開始するべきである。
- プロラクチノーマ(プロラクチン産生腺腫)
女性の患者さんの場合、はじめから脳外科を受診することはほとんどない。婦人科に月経不順あるいは無月経、乳汁分泌、不妊を主訴にかかる。そこで採血を行い、プロラクチン値の上昇を指摘される。いきなりカバサールを開始する婦人科医もいるが、脳外科で下垂体を調べてもらいなさいとなることが多い。ただし、ここで忘れてはならないのが、甲状腺機能低下症である。原発性甲状腺機能低下症では、下垂体-甲状腺フィードバック機構により、TRH(TSH放出ホルモン)上昇によりTSHとプロラクチンの上昇が起こる。したがって、甲状腺の治療を行えば、プロラクチンの正常化が得られる。
従来の教科書にある通り、だいたい腺腫の大きさとプロラクチン値は比例する。大きな腺腫にもかかわらず、プロラクチン値が100前後の場合は、異なる原因を考えるべきである。あまり考えずにカバサールを開始し、どんどん増量しても期待した効果が得られていないといった例が紹介されてくる事も多い。非機能性腺腫やラトケのう胞による前葉機能低下が原因のプロラクチン上昇を考えるべきであろう。
小型の腺腫か、あるいはダイナミックMRIでやっとわかる程度のマイクロアデノーマでプロラクチン上昇が100前後の場合は、通常の腺腫以外にも薬剤性の上昇を見逃してはいけない。特に20~40代の女性で抗精神薬や制吐剤を服用しているケースは割と多い。心療内科に通院している患者の場合、一時的に休薬してもらいプロラクチン値を再検するべきであるが、精神的に不安定になる恐れがある場合は、回避するか、他の精神病薬を使用してもらう。カバサールを安易に開始してはいけない。
どうしても鑑別が困難な場合は、小野昌美先生らが提唱しているGHRP-2負荷試験での無または低反応を確認してプロラクチノーマであることを証明する。
- 先端巨大症(アクロメガリー)
アクロメガリーの診断は、いかに早期に診断がつけられるかが重要である。典型的なアクロメガリー顔貌になってからでは、治癒率は低下する。診断基準を熟知したうえで、早期の症状としての発汗過多、咬合不全、睡眠後のいびきの有無などを診察で聞き出すことが重要である。
成長ホルモンは非常に日内変動が大きいゆえ、日中や夜間の採血結果ではなく、必ず早朝安静時の値で評価する。IGF-1も安定しているようで、採血日によってむらがあるので、できれば確定診断をつけるには前日から入院させて早朝の基礎値を参考にすべきである。
池田秀敏らは、人間ドックの項目にIGF-1を組み込むことで、早期のアクロメガリーを多数診断し、PETで局在を調べたうえで治療を行い、抜群の治療成績をあげている。
- Cushing病
脳外科に紹介となる患者はすでに内分泌内科ですべての検査を終え、診断がついている場合がほとんどである。症例数が少ないこともあり、確実な診断が下せる一般内科医は非常に少ない。高血圧、糖尿病の治療を行うも、なかなか改善せず、はたと気づいてホルモン値を測定、やっとクッシングではないかと専門医に紹介される。内分泌の専門医は確実に診断をつけてくれるが、クッシングを治してくれる脳外科医も非常に少ないので、有名病院に患者が集まりやすい。脳外科医の役割は手術で確実に根治することである。薬物治療も期待されているが、まだまだ時間がかかりそうである。ガンマナイフ、サイバーナイフなどの放射線治療も、コルチゾールの是正に関しては十分な成績を残せてはいない。
- ラトケのう胞
ラトケのう胞の症状の特徴は、やはり頑固な頭痛であろう。画像上の診断は比較的簡単であるが、一番の問題は治療の適応である。若い患者に多いこともあり、学習や生活上の支障となるような頭痛を有している場合、手術により効果が得られることが多い。われわれは診断の一助として、HIT-6(Headache impact test Ver.6)を用いている。術前、術後の改善度を調査した結果、95%で頭痛の改善が得られ、その後のADLが改善している。また、頭痛の特徴としては、通常の鎮痛薬はもとより、偏頭痛用のトリプタン系も効果がないことがある。めまい、羞明、視野の不規則は欠損を認めることも特長である。経過中に突然の激しい頭痛、頸部硬直などくも膜下出血を疑わせるような症状に見舞われる患者がいるが、そうした場合にはのう胞が破裂を来したと考える。筆者はラトケのう胞患者のくも膜下出血例を2例経験している。経過中にのう胞が縮小、あるいは消失した例が多く報告されているが、決してラトケのう胞自体が完治したわけではないので、追跡が必要である。そのまま放置されて、下垂体機能がかなり低下してからのう胞の再発を認めて、紹介されてきた例も多い。
また、ラトケはその炎症性の性格から、下垂体機能不全を引き起こす。初期はGH、IGF-1の低下がみられることが多く、IGF-1の年齢補正値を参考に定期的なフォローアップが必要である。また、体重の増加、疲労感、体毛の変化などを問診すべきである。必要であれば、セルフチェック表を参考にスコアで評価する。いよいよ前葉機能低下が進行し、コルチゾールの補充が必要となった場合、外科的治療を考慮する。よほどの重症でなければ手術後に下垂体機能は改善が期待できる。従来の報告では、回復率が悪いとされていたが、自験例53例中40例で術後ホルモンは回復した。なるべく早期に治療を行うことがよい結果をもたらしている。
- 頭蓋咽頭腫
間脳下垂体腫瘍の専門外の脳外科医にとって、意外と診断が困難な腫瘍である。画像上、ラトケのう胞、のう胞性下垂体腺腫、第三脳室コロイドのう胞、下垂体炎、鞍上部胚細胞腫、上衣腫などと診断されて経過観察されていた例を多くみた。小児の鞍上部腫瘍であれば割合が多いので、容易に鑑別診断に上がるが、成人の場合、鑑別に上がりにくい傾向にあるのかもしれない。まずは、ラトケのう胞同様、前葉機能の低下がないかどうかをチェックする。問診では、体重増加、スタミナ不足、記憶力の低下、性欲低下、うつ傾向の有無などに注意して問診を行う。かなり進行した例では、原因不明の発熱、基礎体温の上昇がみられる。少々煩雑で問診に時間がかかるが、成人下垂体機能低下症QOL尺度(AHQ)での評価が役立つ。ラトケのう胞同様、難治性の頭痛を伴うことも多く、経過中にのう胞から内用液が漏出すると突然の激しい頭痛や原因不明の発熱などの、髄膜炎様症状を来す。
治療前から成人成長ホルモン分泌不全(AGHD)を来していることが多いので、術前に必ずGHRP-2試験を行い、診断基準を満たしていれば指定難病の申請を済ませておく。術後にGHの補充が必要となった場合、治療費はかなりの負担となるため、患者のためにも必ず申請を行う。とくに小児の場合、今後何十年も高額な治療費が必要となるため、治療前に絶対に忘れてはならない検査である。
- TSH産生腺腫
いわゆるTSH不適合分泌